因果応報という言葉

お久しぶりのちょやるんです。
実は、ここのブログを継続していこうかどうか迷っています。
あまりにも更新頻度が少ないので、それであれば必要性もないのかなと。

それでもまだ迷っている段階ですので
恐らく来年はまだ継続しているような気がします。

さて、今回のタイトル「因果応報」
仏教に由来する言葉ですが、簡単に説明すると
良い行いには良い結果、悪い行いには悪い結果がくる
という意味です。
似たような言葉で、悪い時にだけ使いますが、「バチが当たった」なんて言葉もありますよね。
これは、悪い事をして、自分に悪い結果が起きた、という意味だと私は捉えていますが
はたして、本当にそうでしょうか?

前世・今生・来世。
本来、因果応報とは、前世からきているものというものらしいですが
それでは、今生で悪い事ばかりが起こる人は、前世でどれだけの悪行の限りを尽くしたのでしょうか?人は、今の人生が終わると、また違うものに生まれ変わるという、生まれ変わり論がありますが
この真実は、誰にもわかりません。人生を終わらせた後の経験を客観的に認識できる人はいません。
つまり、観測はできないわけです。
観測ができなければ、それは知る由もない事なわけです。
だからこそ、その先どうなるのか、憶測の息を出ません。
それは一つのロマンでもありますが。

私は、生まれ変わりとはまた違い、繰り返し論を密かに持っていますが、
魂は、一つの器を決めたら、他の器に移ることはなく、同じ時間軸の同じ器の人生を
繰り返しているのではないかと。そう思っています。
ある意味、願望でもありますね。

と、少し話がそれましたが、因果応報とは原因他責論ともとれるのではないかと思うのです。
もちろん、否定しているわけではありませんし、少なからず、世の中のサイクルに
このシステムは組み込まれているようにも感じています。
それでも、結局善行を積んでも悪い事ばかり起こるのは、因果応報が原因だ。と決めつけたら
それはもう責任放棄と同じではないでしょうか。
何事も原因は自分にあると私は思うようにしています。
それならば、解決策も探れると思っていますので。

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